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前回からの続きです
小学校低学年から高校生ぐらいまで10年ちょっとぐらい金魚(+川魚)を飼い、
一旦飼育を終了して短大に入った頃からは免許を取得したのもあり
車とバイクに明け暮れる日々となりました。
特にバイクはレースに参戦するようになり全てのお金と時間を注ぎ込むハマりっぷり。
観賞魚への情熱というか興味は全くなくなっていました。
しかし本格的にレースに参戦しはじめて数年経って、自分の中で1つの区切りがありました。
「今年優勝できなければロードレースへのステップアップは断念する」というものでした。
それは1993年度だったんですが、予選タイムアタックで1番時計を出してポールポジションは穫るも
決勝では表彰台止まりという事が何戦かあったりで
自分の中で限界を感じてしまってそれ以上はもう求めちゃ危ないな、センス無いなと考えたからなんです。
年間トータルで見れば獲得ポイントは一番多かったんですが優勝がなく、
やれることはやったから、来季からはのんびりと、楽しむレースでいいやみたいな気持ちになった時
ふと癒やしを求めるというか、魚を飼っていたときの事を思い出したんですね。
自宅には金魚を飼っていた頃の40cm水槽が残っていました。
今度は金魚じゃなく熱帯魚でもチャレンジしてみようかと、
上部フィルターとヒーターとサーモスタットを買い込んで
自宅から近かったゆめタウン祇園のテナントに入っていたペットショップで
初心者向きの熱帯魚を教えてもらって飼育をはじめました。
記憶ではネオンテトラやグローライトテトラ、チェリーバルブやアカヒレあたりを
お試し的に数匹ずつ買ったと思います。
買ってきた魚を袋ごと水槽に浮かべて水温合わせして水槽に放してやると
小さな熱帯魚達がいきいきと泳ぎ始めました。
ところが数時間すると熱帯魚達が変な泳ぎ方をはじめました。
当時はなんでこんな事に?とわけがわからなかったんですがpHショックだったんですね。
金魚では経験したことがありませんでした。
今みたいにインターネットで情報拾ってという時代ではなかったので
熱帯魚屋さんで話を聞いたり雑誌を買って読んで勉強したりでどっぷりハマっていきました。
ハマってしまうと水槽が大きくなり、本数も増えて、繁殖なんかも楽しみ始めたりで
マニアのパターン一直線でした。
水槽が大きくなると水草もとなり、水草やるならCO2と光源がとなり、
フィルターも上部から外部パワーフィルターになりとエスカレート。
パワーフィルター内の濾材なんかもかなり凝りました。
繁殖させていたグッピーなんかもメスのお腹を見れば出産予定がだいたいわかるようになり
産卵箱をセットして妊婦隔離したり、増え過ぎたら熱帯魚屋さんに引き取ってもらったりしていました。
色々と飼ってみて、特にコリドラス系はお気に入りでしたね。
混泳水槽なのでカラシン系とラスボラ系に小さめなグラミーやアピストなんかも泳がせて
どんな泳層にもカラフルに色々な魚が泳いでるのが癒やされました。
熱帯魚に関しては冷めるわけでもなく10年ちょっと続いたんですが
結婚した翌年に今の自宅を購入し、小さいながらも新築一戸建てということで
三本の水槽からの湿気が気になって、熱帯魚を飼育していた知人に生体全てを譲って
熱帯魚を卒業したのが2004年3月頃だったと記憶しています。
つづく
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